宮本百合子

| 日本の作家 |

 微かながら絶間のないピチ、ピチ、と云う音をきき乍ら、私は、寂しい、憂わしい心持に襲われた。小鳥を飼う等と云う長閑そうなことが、案外不自然な、一方のみの専横を許して居るのではなかろうか。
 此等の愛らしい無邪気な鳥どもが、若し私達が餌を忘れれば飢えて死ななければならない運命に置かれて居ると知るのは、いい心持でなかった。
 飼われて居ない野の小鳥は、自然の威圧にも会うだろうが、誰かに餌を忘られて、為に命を終らなければならないと云う憐れさは持って居ない。
 私は眼をあげて、隣家の屋根の斜面に、ころころとふくれて日向ぼっこをして居る六七羽の雀の姿を見た。或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴でつついて居る。
 暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒いた。人間より遙かに敏い瞳と、本能を持った彼等が、幾何、一面の苔の間に落ちたとは云え、自分等の好む、餌の馳走を心付かぬことはあるまい。
 真先に屋根から降りる先達は、どの雀がつとめるだろう。
 庭へついと、遠い遠い彼方の空の高みから、一羽の小鳥が飛んで来た。すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭から嘴にかけての輪廓を、日にそむいて居る為、真黒く切嵌めた影絵のように見せて居る。囀ろうともせず、こせついた羽づくろいをしようともせず、立木の中の最も高い頂に四辺を眺めて居る小鳥の姿は、一種気稟あるもののように見えた。じっと動かない焦点が出来た為、私の瞳は、始めて動くともなく動いて行く白雲の流れにとまった。雄々しい小禽と一房の梢を前景として、初冬の雲が静かに蒼空の面を掠め、溶け合い、消え去って行く。――私はひとりでに、北方の山並を思い起した。今頃は、どの耕野をも満して居るだろう冬枯れの風の音と、透明そのもののような空気の厳かさを想った。底冷えこそするが、此庭に、そのすがすがしさが十分の一でもあるだろうか。
 ――間近に迫った人家の屋根や雨に打れ風に曝された羽目を見、自分の立って居る型ばかりの縁先に眼を移し、その間、僅か十坪に足りない地面に、延び上るようにして生えて居る数本の樹木を見守った時、私は云いようのない窮屈さを感じた。

 今消したばっかりの蝋燭の香りが高く室に満ちて居る。
 其中に座って一人ぽつねんと私は或る一人の友達の事を思って居る。
 其の人の名はM子と云う。
 年は私とそう違わない。
 大柄な背の高い髪の毛の大変良い人だけれ共色の黒いのが欠点だと皆知ってるものが云って居る。
 面長な極く古典的な面立がすっかりその性質を表わして居る。
 ほんとうのフトした事から交際しはじめてもう六年ほどにもなる今日、昔よりも尚親しい感情がお互の心に通って居る。
 友達などと云うものは大業に紹介されたりなんかしたよりも何時と云う事はなしに親しくなった人同志の方が久しく一致して居られるものだと見える。
 M子も私も小さい時に一つの学校に居た。
 丁度その学校を出ようとする前の年頃から年よりは早熟て居た私は、仲間とすっかり違った頭になって居たので親しい人も出来ずジイッと一つ事を思いふけったり、小供小供した事をしてさわいで居る仲間の者達の幼げな様子と自分の心を引きくらべて見たりして居た。皆は私を変り者あつかいにしたし、自分も亦、その人達の群からは「変り物」になる事を欲して居た。
 何でも秋であった。
 私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色になって落ちた藤の葉や桜の葉を見つめて居た。
 その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリンスの袷を着て居たと覚えて居る。
 そうして静かな中にじいっと一つ物を見つめて居る事は今になってさえ止まない私の気持の良い胸のときめく様な気のする事である。
 私はややしばらくの間、そうやって居た。
 胸の中には何とも云い知れぬ喜びと平和な思いが満ち満ちて人が見たら変だろうと思われる微笑を唇に浮べながら地面を見て静かに藤棚の下を歩き廻って居た。
 それまで一寸も気のつかないで居た事だけれ共さっきまで私の居たすぐわきに下の級のものが五六人かたまって低い声で何か話して居るのに気がついた。

 近頃、漸々一体の注意を呼び始めた、ロシアの大飢饉と云うことに対しても、真の意味で、友誼的であるべき諸邦の愛が、私は、余り鈍っていると思う。
 確に或る国は率先して華々しく救済の任務を負い始めた。けれども、その動機に鋭い直覚を持つ者は、切角の施物も、苦々しく味わうことは無いだろうか。
 反対の或る一部は、まるで無感覚な状態に在る。ぼんやりと、耳を掠める風聞。――然し、兎も角、自分達の口腹の慾は満たされて行くのだし……必要なら、誰かがするだろう。――眼を逸し、物懶に居隅に踞っていようとするのである。
 幾百年の過去から、恐ろしい伝統、宿命を脱し切れずにいる、所謂為政者等は、彼等の人間的真情の枯渇に、何かの弁明を見出すかもしれない。けれども、私共、平の人間、真心を以て人間の生活、真の人生と云うものを掴握しようとする者が、互に生きているこの地上の人として、要求され、渇望される協力に、どうしてすげない拒絶が与えられるだろう。自分に窮乏が迫らない為、無邪気にも余り無知識であった人々。又は、目下の露国社会状態に反感を持ち、些の愛も感じられない人々。どうぞ、時々外国の新聞や雑誌に現れる、彼等の恐ろしい飢餓の有様を見て下さい。
 あの痩せ衰え骸骨のようになったロシアの子供等が、往来に――恐らくこれも飢から――斃死した駄馬の周囲に蒼蠅のように群がって、我勝ちに屍肉を奪い合っている写真を見たら、恐らく一目で、反感の鬼や独善的な冷淡さは、影を潜めて仕舞うだろう。到底、知らない振は仕切れないものがある。どうにか仕度いと思わずにはいられなく成る。
 勿論、国として、ロシアが受けるべき批評は沢山あるだろう。けれども、何の為に、幾千万の人間が、まるで世界から見すてられ、一滴の愛もない飢餓の裡に犬死にをしなければならないのか。
 世界は、今真剣になるべき時だ。人類の精神の流れが、根柢まで破壊された旧友朋の上に、新たな、健かな、生存の意義を見出そうとしている。非常な不健康や欠乏は、一時も早く改善され、互に、終局の目標に進めることが大切である。
 広くもない地球の上で、幾千万と云う人間が、飢え渇え、獣物にまで成り下っている有様は、万の王宮を以て償えないディスグレースではないだろうか。